#スラダン
ザファの配信始まったから改めて見てたんだけど、一度ザファ見る⇒アニメを完走して、その後また見たザファだったので感情移入もすごくてずっと泣いてた。
赤木が「俺の願いはもう叶った」みたいな事言うの本当にさ…
りょーちんはさ、そーちゃんが生きてたらそれはそれで絶対に苦しんでると思うんだよな。比べられる存在がずっと目の前にいるので。そりゃもちろん生きててそうやって苦しめられるのが、その後どう向き合っていくかで関係性変わっていくので一番それがいいんだろうけど。
刀の同人誌で「死んだ人間にはかなわない」ってセリフがあってすごいそれが好きで、本当にそうなんだよね。死んだ人間にはずっとかなわないんだよ。でも生きてればずっと一緒に居られるんだよ。
ザファ…ほんとよかったな
元々スラダン読んで小学校の時ミニバスケ部入ってたくらいバスケット好きだからまたバスケットやりたい…体がついていかない…悲しい
ザファの配信始まったから改めて見てたんだけど、一度ザファ見る⇒アニメを完走して、その後また見たザファだったので感情移入もすごくてずっと泣いてた。
赤木が「俺の願いはもう叶った」みたいな事言うの本当にさ…
りょーちんはさ、そーちゃんが生きてたらそれはそれで絶対に苦しんでると思うんだよな。比べられる存在がずっと目の前にいるので。そりゃもちろん生きててそうやって苦しめられるのが、その後どう向き合っていくかで関係性変わっていくので一番それがいいんだろうけど。
刀の同人誌で「死んだ人間にはかなわない」ってセリフがあってすごいそれが好きで、本当にそうなんだよね。死んだ人間にはずっとかなわないんだよ。でも生きてればずっと一緒に居られるんだよ。
ザファ…ほんとよかったな
元々スラダン読んで小学校の時ミニバスケ部入ってたくらいバスケット好きだからまたバスケットやりたい…体がついていかない…悲しい
#水曜どうでしょう
存在感としては圧倒的に大泉洋が目立っていて、番組の顔、という感じで、実際に番組を見ているとその大泉洋とのかけあいで存在感を放っているのが藤村D。でもこの二人が、番組のメイン4人の中の年功序列でいうと一番したとその次っていうところがすごい面白い。
一番目立ってない(カメラマンだししゃべる事がない)嬉野さんが一番年上で、実はカメラが回ってないところでは一番しゃべるって言うのもすごい好き。今2019年のイギリス見てるんだけど、藤村Dが「俺もそういったんだけどさ、やっぱり長老の二人が言うから」って押し通すの好きなんよな…。力関係というか。
2023年の新作だった西表島の時に出てたD達の本読んでたら「アイルランドと今回のやつは大泉洋が一番楽しんでいる」って書いてあってすごくよかった。大泉洋って今や人気俳優で、4人で集まった時に「近況報告とか相談なんて一切ない、その方がいい。昔話をひたすらして笑いこけてた」て話も好きだ…。
あと、ロビンソンの話がすごい胸を突いた。
ロビンソンが新作ロケで水曜どうでしょうをすごい歓迎してくれてたって言ってて、それを「ロビンソンも広く一般社会に受け入れられてわかってもらえるってタイプじゃないのかもしれない」「だから、番組を見て自分を受け入れてくれた視聴者が遊びに来て声をかけてくれたのが、そういう反響があったのが水曜どうでしょうだけだったから嬉しかったんだと思う」って言ってて、確かに水曜どうでしょうって、大泉洋とかも「我々は永遠のマイノリティですよ」って話をしていて、なんとなくだけど陽キャが好きな番組っていうよりは陰キャのが好きな番組ってイメージあるんだよね…。
自分含めコアなファンになってくると、D達や出演者をなんか仲間みたいな感覚で見ているので、妙な仲間意識があるというか。
水曜どうでしょうがそういう、画面という枠を超えて視聴者に親近感を抱かせる仕組みっていうのを昔心理学者の人が出した本「結局、どうして面白いのか―「水曜どうでしょうのしくみ」 」で説明されてるんだけど、大泉洋がカメラ越しに視聴者に話かけたり、その視線の先にはカメラマンがいてコミニュケーションをとっていて(声は出さないし視聴者は存在は感じない)、それを視聴者は大泉洋とのコミュニュケーションだと思えるというか、身近に感じるらしいんだよね。意図してやってたわけじゃないんだけど、すごいわかる。
だからどうでしょう好きな人の事もなんか好きになっちゃうんだよね…妙な仲間意識があって。どうでしょう祭りのチケット取にローソン行ったときも、全然取れなかったんだけど取れた見知らぬお姉さんが「みなさんの分もグッズ買ってきましょうか!?」って声かけてくれたりして面白かったな。仲間過ぎる。
隠す
はぁ…原稿やります。
存在感としては圧倒的に大泉洋が目立っていて、番組の顔、という感じで、実際に番組を見ているとその大泉洋とのかけあいで存在感を放っているのが藤村D。でもこの二人が、番組のメイン4人の中の年功序列でいうと一番したとその次っていうところがすごい面白い。
一番目立ってない(カメラマンだししゃべる事がない)嬉野さんが一番年上で、実はカメラが回ってないところでは一番しゃべるって言うのもすごい好き。今2019年のイギリス見てるんだけど、藤村Dが「俺もそういったんだけどさ、やっぱり長老の二人が言うから」って押し通すの好きなんよな…。力関係というか。
2023年の新作だった西表島の時に出てたD達の本読んでたら「アイルランドと今回のやつは大泉洋が一番楽しんでいる」って書いてあってすごくよかった。大泉洋って今や人気俳優で、4人で集まった時に「近況報告とか相談なんて一切ない、その方がいい。昔話をひたすらして笑いこけてた」て話も好きだ…。
あと、ロビンソンの話がすごい胸を突いた。
ロビンソンが新作ロケで水曜どうでしょうをすごい歓迎してくれてたって言ってて、それを「ロビンソンも広く一般社会に受け入れられてわかってもらえるってタイプじゃないのかもしれない」「だから、番組を見て自分を受け入れてくれた視聴者が遊びに来て声をかけてくれたのが、そういう反響があったのが水曜どうでしょうだけだったから嬉しかったんだと思う」って言ってて、確かに水曜どうでしょうって、大泉洋とかも「我々は永遠のマイノリティですよ」って話をしていて、なんとなくだけど陽キャが好きな番組っていうよりは陰キャのが好きな番組ってイメージあるんだよね…。
自分含めコアなファンになってくると、D達や出演者をなんか仲間みたいな感覚で見ているので、妙な仲間意識があるというか。
水曜どうでしょうがそういう、画面という枠を超えて視聴者に親近感を抱かせる仕組みっていうのを昔心理学者の人が出した本「結局、どうして面白いのか―「水曜どうでしょうのしくみ」 」で説明されてるんだけど、大泉洋がカメラ越しに視聴者に話かけたり、その視線の先にはカメラマンがいてコミニュケーションをとっていて(声は出さないし視聴者は存在は感じない)、それを視聴者は大泉洋とのコミュニュケーションだと思えるというか、身近に感じるらしいんだよね。意図してやってたわけじゃないんだけど、すごいわかる。
だからどうでしょう好きな人の事もなんか好きになっちゃうんだよね…妙な仲間意識があって。どうでしょう祭りのチケット取にローソン行ったときも、全然取れなかったんだけど取れた見知らぬお姉さんが「みなさんの分もグッズ買ってきましょうか!?」って声かけてくれたりして面白かったな。仲間過ぎる。
隠す
はぁ…原稿やります。
てがあっぷのおかげでちょこちょこCGIのバージョン更新出来てるんだけど、何がどうなったのか理解してないし、絵と文章がアップできればまあ…という感じになっている。






























本当はペン入れ全部終わらせたかったけど無理だった。
カロリー高いページ残したので平日で頑張って次の土日で仕上げを完了させる!!!
表情厨はこういう表情描くために本作ってんだ…。
えっちな本は何度か挑戦してるんだけど、そのたびに原稿中正気に戻りすぎて弱音ばっか吐いてしまうしもうやだ~~ってなるし、本が出せても半年は他の人のえっちな本読めなくなるくらい落ち込むし、自分のは何年経とうが読み返せない…。それでも愚かなのでそのうちそれを忘れてまた描こうとしてしまうんだろうな……。
芹沢の芹沢がデッッの様式美入れたんだけど色気はないし、自分の絵でデッッの比率わかんないし!泣
ゴムの普通サイズは親指と中指で手のわっか作って中指かかるくらい、Lサイズはちょうどくらい、XLはそれ以上みたいな判断方法を目にしたので、芹沢のちんちんはXL…手首より太い…と言い聞かせながら描いた。
でも普通に考えて手首より太いちんちん怖すぎるだろうがよ
メモ、帰ったら童貞のくだり台詞修正 隠す