幻水の事考えてたから幻水やりたくなっちゃったな…。 まあPS 2もソフトもあるし、PSPもあるからやろうと思えばできるんですが。 幻水 2から幻水の事知ったんだけど、たまたま兄がプレイしてて攻略本もキャラガイドも持ってた状態で飽きて(というか半グレみたいなことしてたのであんまり家に帰って来なかった)プレステほとんど触らないから使っててもいいぞって(家族のものなのになぜか兄が占領してただけ)言われたから始めた。 プレステとソフトは使っても良いけどメモリーカードは使っても良いとは言ってないとかいうクソ理論により、毎日セーブ出来ないままオープニングから1時間 2時間くらいのところを延々と繰り返す日々を送っていて、キャラガイドや攻略本を読んではいつかこの街に…いつかこのキャラに…って謎の執着を抱えてすごしてたのもあってのゲーム体験なので多分わりと特殊です。 プレステがその段階から瀕死で(なんで1〜 2時間しかやれなかったか思い出した。それくらいでプレステがフリーズして動かなくなっていたんだった)自分のメモリーカードを手に入れてようやく思う存分できる♪って頃に壊れて半年くらい経った頃に父がPS 2を買ってくれたのであった…。 ※余談ですが父はその頃SONYの工場社員だったのでわりと優先的にSONY製品が手に入った。ポケステもタダでもらった。私のランドセルはSONYのロゴが入っていた…(会社まで行って贈呈式もあった謎の福利厚生) 生まれて初めてのRPGで、半年以上かけて焦らされてからのクリアだったのもあってめちゃくちゃ感情移入して号泣しながらクリアしたのを覚えている…。 私の群像劇好きは確実に幻水の影響…。 幻想水滸伝、普遍的な人間のやりとりを描いてるので価値観が古くなってなくて、確かに色んなところに時代は感じるんだけどキャラクターの描かれ方が30年近く経つのに違和感がないというか。 ストレスが少ない作品な気がする。 ややネタバレ特に幻想水滸伝で好きなところは、ストーリー上敵と味方に分かれるけど、それは自分が立っている場所が変われば変わるものでしかないと言う事とか、ビクトールが敵対した相手に「やつは間違ってた。だけど、正しくたって価値がないものがあるように、間違っていても価値があるものはあるんじゃないのか?」って言うのがすごく好きで、単純な正義や悪、という物語だけじゃないっていうのを教えてくれたんだよな…。 単純な正義や悪という価値観だけじゃないエピソードだと他にも、1で主人公がマッシュに自分の軍の軍師になって欲しいと頼みに行った時に、隠居して教師をやっていたマッシュのところに敵対する軍の兵士が来て横暴に振る舞っていたから主人公達が暴力で追い払うんだけど、それを見たマッシュが「子供達の前でなんてことを」って怒りを露わにするんだよね。 明らかに悪いのは敵対してる兵士たちなんだけど、それを暴力で退けた主人公達もまた同類でしかなくて、そこに正義や悪なんて存在しないんだっていう。 それでも、どちらかが勝つまで争いが続くのなら、どちらかに乗ってさっさと争いを終わらせるしか今この目の前で起きてる出来事は終わらないって事を「目を閉じても世界がなくなったわけじゃない」って言うのも好きだ。 あと、これをメディアミックスで漫画なりアニメなりにした時に、絶対に主観で演出が入ってしまうんだけど、ゲームの場合かなり俯瞰的に淡々と進むのでそこも好き…。小説ならワンチャン同じ空気出せるかって感じ。 「悪」が存在しないって言うわけじゃなくて、そう言うものを利用して、利用されて、世界は複雑に動いてるっていうか。その中で自分たちが信じるものを、正しいと感じるものを見つける大切さを教えてくれると言うか。 幻水は長いファンが多いんだけど、たいてい思春期前後でこの価値観に触れて感動した人はもう離れられないんですわきっと…🥺 ナンバリングシリーズが出なくなってから、外伝的な作品でティアクライスと紡がれし百年の時が出たけど、やはりシナリオも世界観も違うのであんまり幻水というイメージがないのと、どちらも主人公が正義として描かれていて、ラスボスを「お前は間違ってる」と断じて倒してしまうのでなんとなくこれじゃない…と感じてしまう。でもそもそもナンバリングシリーズは国同士、もしくは人間同士の戦いなんだけど、ティアクラと紡時は、構築される世界そのものとの戦いだったりするのでその辺りもな…。 いやこれ話が終わらなくなるんだけど、そもそもナンバリングの方は「紋章が作りあげた世界で人間に代理戦争を起こさせてる」みたいなところがあって、争いの根本に紋章の意思があるんだよね。でもティアクラと紡時の世界は「紋章」の概念がないのでそこからまず違っちゃう…。 なぜ「紋章」の概念もないような別世界の話が「幻想水滸伝」シリーズに数えられるかってなると、それはナンバリング世界でも触れられる「百万世界」(ざっくり言うとパラレルワールド)って概念があるからというね。隠す 幻水って?みたいな話になるとオタクが止まらなくなるからやめーや。 日記,幻水 thumb_up ありがとうございます💋 2024/04/02(Tue) 22:54:44
まあPS 2もソフトもあるし、PSPもあるからやろうと思えばできるんですが。
幻水 2から幻水の事知ったんだけど、たまたま兄がプレイしてて攻略本もキャラガイドも持ってた状態で飽きて(というか半グレみたいなことしてたのであんまり家に帰って来なかった)プレステほとんど触らないから使っててもいいぞって(家族のものなのになぜか兄が占領してただけ)言われたから始めた。
プレステとソフトは使っても良いけどメモリーカードは使っても良いとは言ってないとかいうクソ理論により、毎日セーブ出来ないままオープニングから1時間 2時間くらいのところを延々と繰り返す日々を送っていて、キャラガイドや攻略本を読んではいつかこの街に…いつかこのキャラに…って謎の執着を抱えてすごしてたのもあってのゲーム体験なので多分わりと特殊です。
プレステがその段階から瀕死で(なんで1〜 2時間しかやれなかったか思い出した。それくらいでプレステがフリーズして動かなくなっていたんだった)自分のメモリーカードを手に入れてようやく思う存分できる♪って頃に壊れて半年くらい経った頃に父がPS 2を買ってくれたのであった…。
※余談ですが父はその頃SONYの工場社員だったのでわりと優先的にSONY製品が手に入った。ポケステもタダでもらった。私のランドセルはSONYのロゴが入っていた…(会社まで行って贈呈式もあった謎の福利厚生)
生まれて初めてのRPGで、半年以上かけて焦らされてからのクリアだったのもあってめちゃくちゃ感情移入して号泣しながらクリアしたのを覚えている…。
私の群像劇好きは確実に幻水の影響…。
幻想水滸伝、普遍的な人間のやりとりを描いてるので価値観が古くなってなくて、確かに色んなところに時代は感じるんだけどキャラクターの描かれ方が30年近く経つのに違和感がないというか。
ストレスが少ない作品な気がする。
特に幻想水滸伝で好きなところは、ストーリー上敵と味方に分かれるけど、それは自分が立っている場所が変われば変わるものでしかないと言う事とか、ビクトールが敵対した相手に「やつは間違ってた。だけど、正しくたって価値がないものがあるように、間違っていても価値があるものはあるんじゃないのか?」って言うのがすごく好きで、単純な正義や悪、という物語だけじゃないっていうのを教えてくれたんだよな…。
単純な正義や悪という価値観だけじゃないエピソードだと他にも、1で主人公がマッシュに自分の軍の軍師になって欲しいと頼みに行った時に、隠居して教師をやっていたマッシュのところに敵対する軍の兵士が来て横暴に振る舞っていたから主人公達が暴力で追い払うんだけど、それを見たマッシュが「子供達の前でなんてことを」って怒りを露わにするんだよね。
明らかに悪いのは敵対してる兵士たちなんだけど、それを暴力で退けた主人公達もまた同類でしかなくて、そこに正義や悪なんて存在しないんだっていう。
それでも、どちらかが勝つまで争いが続くのなら、どちらかに乗ってさっさと争いを終わらせるしか今この目の前で起きてる出来事は終わらないって事を「目を閉じても世界がなくなったわけじゃない」って言うのも好きだ。
あと、これをメディアミックスで漫画なりアニメなりにした時に、絶対に主観で演出が入ってしまうんだけど、ゲームの場合かなり俯瞰的に淡々と進むのでそこも好き…。小説ならワンチャン同じ空気出せるかって感じ。
「悪」が存在しないって言うわけじゃなくて、そう言うものを利用して、利用されて、世界は複雑に動いてるっていうか。その中で自分たちが信じるものを、正しいと感じるものを見つける大切さを教えてくれると言うか。
幻水は長いファンが多いんだけど、たいてい思春期前後でこの価値観に触れて感動した人はもう離れられないんですわきっと…🥺
ナンバリングシリーズが出なくなってから、外伝的な作品でティアクライスと紡がれし百年の時が出たけど、やはりシナリオも世界観も違うのであんまり幻水というイメージがないのと、どちらも主人公が正義として描かれていて、ラスボスを「お前は間違ってる」と断じて倒してしまうのでなんとなくこれじゃない…と感じてしまう。でもそもそもナンバリングシリーズは国同士、もしくは人間同士の戦いなんだけど、ティアクラと紡時は、構築される世界そのものとの戦いだったりするのでその辺りもな…。
いやこれ話が終わらなくなるんだけど、そもそもナンバリングの方は「紋章が作りあげた世界で人間に代理戦争を起こさせてる」みたいなところがあって、争いの根本に紋章の意思があるんだよね。でもティアクラと紡時の世界は「紋章」の概念がないのでそこからまず違っちゃう…。
なぜ「紋章」の概念もないような別世界の話が「幻想水滸伝」シリーズに数えられるかってなると、それはナンバリング世界でも触れられる「百万世界」(ざっくり言うとパラレルワールド)って概念があるからというね。隠す
幻水って?みたいな話になるとオタクが止まらなくなるからやめーや。